ブログを作っては消すのやめろ

ゲームの記録とか、稀に読んだものとか用です。

20240215 バンオウ ─盤王─: 「本物の凡人」を描いた多分初の将棋漫画

私です。画像は主人公が旧友から凡人だと言われるシーンです。ネタバレになりかねないセリフは黒塗り。

睡眠導入剤の効果が回るまで布団の中で出来ることを探していた結果、スマホで読める漫画アプリに行き着きました。入れたのはジャンプ+です。柄にもなくSPY FAMILYも読み始めました。

そんな中、私にとって飛び抜けて面白い漫画が一つありました。「バンオウ─盤王─」です。通常のブラウザからは3話まで無料で読むことができスマホからアプリでジャンプ+にアクセスすれば全話初回無料で読めます。面白いのでぜひ。

 

あまり漫画を読まない私なんかが感想を書くのは差し出がましいのですが、とりあえず設定がすげえ斬新で天才だと思いました。簡単なあらすじを書きましょう。

ネット将棋で伝説になりつつある謎のユーザー、「GEN」。強さはプロとのネット対局で勝利を収めてしまうほど。その正体は月山 元(つきやま はじめ)、彼は元奨励会員ですらなければ地方大会にも出場したことのない本物のアマチュア。世俗とは離れて将棋を嗜んでいた彼がとあるきっかけで竜王戦のアマ枠を狙って大会に参加することになり……というあらすじで、なんかここまでならよくありそうな感じなのですが……

この主人公の月山元にはビックリするほど才能がありません。

彼が将棋を始めたのは大人になってからですが、もし子供の頃に始めていても彼が奨励会に入るのは絶対に無理です。恐らく、「将棋がやたら強い小学生」にすらなれないでしょう。

ただの一般人です。誰が何と言おうと彼は本物の凡才です。

彼の素性を最もよく知る人物からも最新話でこの言われようです。

(バンオウ─盤王─54話より、ネタバレになりかねないセリフは黒塗り。左下のコマで必死に対局しているのが主人公の月山元です)

彼には才能がない。子供の頃からやっていたわけでもない。そんな彼が一体どうやってプロを負かすほどの実力を手に入れたのか? AIやヒカルの碁みたいなマジのチートに頼っているわけでもない。普通の設定では、無理です。

この無茶を可能にした、作者のとんでもない「一手」に私は驚きました。一見すると将棋には全く合いそうもない設定にしか見えず、ところがどっこい読み進めてみると完全に理に適っているどころか将棋漫画として一つの深いテーマに昇華することにまで成功している。漫画の展開にも説得力が溢れ出る。主人公にも深みが出るし本気で応援してしまう。なんでこのハチャメチャな設定をここまで深掘りしようと思ったのだろう。もう、完全に新手ですよこれ。やべえ。

その具体的な設定って何?っていうのは作品紹介に思いっきり書いてあるんですが、せっかくなら知らない状態で読んでほしい……。

 

私は有名な将棋漫画を履修できていません。ハチワンダイバーも三月のライオンも読めていません。ですが、それでもバンオウは多分めちゃくちゃ斬新な切り口なのだと思っています。

 

将棋を題材とした創作物には一つ大きな制約があります。それは、「真の持たざる者」を主人公にしづらいことです。

もし主人公が26歳(奨励会強制退会年齢)よりも若いのであれば、舞台はほぼ奨励会になるでしょう。仮に舞台が奨励会でなくとも元奨励会員やプロ編入を狙う人々を描くことになるでしょう。その時点で登場人物達は十分に「持てる者」なのです。

たしかに世の中には、奨励会員でも越えられないような尖り切った才能が存在します。今年も現実において三段リーグを抜けられずに26歳を迎え、涙を飲んでプロを諦める人間が何人もいるのでしょう。それでも、彼らは年にたった2人の新四段になれる超天才と比較した時だけ「相対的に持っていない」だけであって、地元の道場のそこそこ強い人にすらなれないような「真の持たざる者」では決してないわけです。ましてや、とっくに26年も生きたというのに人生を賭けて打ち込みたいものを見つけられず今日もソシャゲやSNSをポチポチしているだけの私達とは全く違う世界の人達なわけです。

一方でこの月山元、将棋と出会ったのが何歳だったとしても彼が奨励会に入るのとか無理。絶対無理。正真正銘彼は本物の凡人です。

そんな彼を、将棋漫画の設定にあるまじきマジで奇想天外の一手により立派な主人公にし、「真に持たざる者」を主人公に据えて将棋でドラマを描く事に成功した。それがこの漫画の一番凄いところだと思います。そして繰り返し、その超絶設定がただの一発屋的なアイデアではなく将棋や人間ドラマに大きく関わる極めて重要なテーマとして練り込まれている。いや、本当に凄い。

 

もっとも、彼に才能がマジでほんの一欠片もないかというとそうではないのですが、それは作中で語られることだから私がここで書くことではないでしょう。(これは、引用した画像で「才能は全くないぞ」ではなく「才能は大してないぞ」と言われている理由でもあります。とはいえ、奨励会員どころか「強い小学生」にすら彼はなれなかったでしょうが……。)

 

 

もう一つだけバンオウについて書けることがあるとすれば、この漫画は徹底的に「人」を描いた漫画だということです。

最初期は監修が入っていなかったらしく、実際この漫画では将棋の技巧的な要素は一切登場しません。難なら将棋のルールを知らなくても多分読める。この漫画が描くのはそこではないのです。

アマプロ観る将問わず、「将棋」というゲームに関わっている「人」を描くのがこの漫画は本当に上手いのです。難なら「人」を描いているだけでほとんどの対局シーンを終わらせてしまっているかもしれない。それくらい人を描くのが本当に上手い。

亡くなられた米長邦雄永世棋聖が、『われ破れたり』でAIの隆盛について仰られたことを思い出します。

 

この後は、コンピュータはコンピュータとしてさらなる進化をしていき、人間は人間として、やはり脳みそを使って、まさしく「電のう戦」の「脳」に汗をかくほど一生懸命将棋を指す姿が多くのファンに感動を与えていく。まあ、駅伝やマラソンと、車のような関係ですね。車は追い抜かそうとすれば横をさっと抜けていくことができますが、駅伝やマラソンの横をのろのろと並走しています。それは、ランナーの汗というものに感動するからですよね。

(※強調は私による)

 

走るだけなら車の方が速いが、だからといってプロの陸上がつまらないわけではない。

指すだけならAIの方が強いが、だからといってプロの将棋がつまらないわけではない。

何故なら、競技の魅力というものは、大部分が「人」によって担保されているからだ。

そういう意味で、どこまでも「人」を描くこの漫画は将棋漫画として本当に素晴らしいものだと私は思うのです。

 

冒頭にもリンクを貼りましたが、最初の3話だけならブラウザでも無料ですから、どうか読んでみてください。もし面白いと感じたら、スマホでジャンプ+を入れたら無料で読めます。

将棋を初心者レベルでやったことが無くても面白く読める漫画だと思います。興味があれば、ご覧になっている方はぜひ。