こんにちは私です。今日は頑張りきった感があるので画像とかは貼らないでダーっと書きます。ダートだけにね。ふふ。
会長のダジャレってゲームで会長引くしか聞く方法ないのかなぁ……。
ウマ娘を見た感想を書きたかったのだけど、とあるゲームをやって思ったことの方が無茶苦茶多くなってしまった。現在23時58分、時間の都合で送信。
ゲームやって無茶苦茶ぐんにょりした話
この節は完全な愚痴。世界へのつらさ。
ウマ娘を見る前にフリーゲームやってました。昨日少しやって「うげー・・・・・」ってなって、今日残りをどうにか終わらせた感じです。
だけどどうしてもネガティブな感想しか出てこなくて、いくらなんでもこれを日記にするんじゃあなぁ……ってなって、何か出来ることは無いだろうか、そう考えていると途中まで見かけていたウマ娘があった。だから見た。そんな一日でした。
まぁウマ娘の話は後で。先にこのゲームの話をします。
なんのゲームなのか、タイトルは伏せます。
ただ、この手のゲームに特有の「うげー感」。
私は何度も食らったことがあるので、下の文章を読んだら人によって違う作品を思い浮かべると思うのです。それくらい、よくある現象なのです。
ただ、久々に食らって、本気で辛くなりました。
世の中にはプレイしていてマジで辛いゲームというのが存在します。どのくらい辛いかというと、ソシャゲの周回より辛いです。
どんな類のゲームかというと、「絵が描けるからという理由だけで絵師が作ったゲーム」。
「ゲームを作ることが目的で作られたわけでも、ゲームプレイを提供するわけでも、見た人間の感情を動かすことが目的なわけでもないゲーム」。
「絵の延長でしか無いゲーム」。「サウンドノベルとなんて比べるのもおこがましいようなゲーム」。
「絵の延長でしかないのに、絵が綺麗というだけで死ぬほどダウンロードされててむちゃくちゃ持て囃されているゲーム」。
マジでキツい。いろんな要素が何重にも絡み合ってキツい。
ただでさえゲーム自体がやってて辛いのに、それが持て囃されているという事実で余計に辛くなる。
途中までしかやってないのにアレな感情だけ抱くのもなぁ、と思ってきちんと全部埋めたけど本気で辛さしか残らなかった。
確かに絵は信じられないくらい綺麗だ。キャラデザも本当に凄い。どう見たって素人の仕事じゃない。お仕事とかも普通に来るような方なんだろう、絵だけなら。
だけどゲームとして見たら本当に辛い。Steamで濫造されてるGameguru製のワンコインゲームをやった方がまだ楽しいんじゃないかってくらいに辛い。
いろいろな辛さを感じるけどとりあえずゲームとしての辛さを書く。一言で言ったら「プレイする人間の気持ちを全く考えていない作者の自己満足」という言葉に尽きるのだと思う。
プレイしてて何が辛いって、挙げたら本当にキリがないけれど、とりあえずストーリーがウリのはずなのにキャラクター同士の会話が全く頭に入ってこない。普段文章を書いていないとかそういうレベルの問題じゃないと思う。話の文脈が歪だったりしないか、誰が喋ってるのか分かりづらくなっていないか、そういう作業がマジで一切行われていないとしか思えない。絵が描けるのだから喋っている人間のアイコンを作ればいいのに、何故かそれはやらない。
大量に挟まる小イベントとかも完全に意味が分からない。どれもかえって世界観を壊しているようにしか見えないし──言い換えれば、絵と雰囲気くらいしか良い点がないのにそれすらも自分で破壊しているのだ──各イベントにはストーリー上の意味もゲーム上の意味も全く存在しない。作者が「面白い小粋なかけあいでしょ?」って思ってるのが透けて見えるような中身の無い会話を延々読まされるハメになる。本当にキツい。どんなにキャラデザが良かろうと、それに人間的な魅力を与えるのは設定やシナリオやストーリー上の演出、つまる話は物語だ。あるいはゲーム体験だ。そういうのを抜きで「東方のボス前会話みたいなのがやりたかったんやろうなあ」以外の感想が出ないやりとりを延々見せられても本当にただの苦痛でしかない。
ゲームシステムもマジで辛い。色眼鏡をどう外したって、元から無味乾燥なプレイを追加要素でますます理不尽にしてストレスが溜まるようにしかシステムが出来ていない。「どうしてこんなの導入しようとしたんだろう」とか考えても、理屈のある回答は多分無いのだろう。
プレイが終わる頃には、ダウンロードした時にはあんなにも素敵に見えていたキャラクターの数々が、もう二度と見たくないくらい嫌いになってしまっていた。
だけど、そんなゲームがとてつもない人気を誇っている。ただ、「専業神絵師が作った」「絵が綺麗」というだけの理由で。
肝心のキャラクターにすら、魅力を持たせるような演出なんて何一つ無いのに。
別にゲームを作るのは自由だ。絵が描けるから作っただけなんだろうだし、面白い必要なんて無い。だけどそんなものが持て囃されているのを見る度にたまらなく辛くなるのだ。何の美麗さも持たないけれど私の心をグッと掴んで揺さぶって人生に大きな影響まで与えた無数の名作を思い出しながら。あるいは本や小説を思い出しながら。
このゲームを褒めている人達は本当にコレをプレイしたのだろうか? どうしてもそう思ってしまう。ひょっとしたらゲームの文化圏にいない人達からしたらひょっとしたら面白いのかもしれない、と一瞬思ったけど、やっぱり普段ゲームをやらない人がやっても絶対に面白くないと思う。だって面白い点が1つも無いから。絵が綺麗なだけでそれを抜いたら何も残らないから。ストレスの塊でしか無いから。
世界が、辛い。
良いものと売れるものは違う。そんなの消費する側にすぎない私だって知っている。だけどこんな形で突きつけられると本当に辛くなる。
臓器を売ってでも支援したいくらいに良いものを作る人間は無数にいるのに、彼らは注目されない。このどうしようもないゲームに並ぶことすら出来ない。ただ綺麗な絵がないというだけの理由で。
そんな現実を見せられ続けるような体験だった。
書いたら思ったより長くなった。私は生きるためにあれこれをやっているので、ゲームとは関係なく、これだけ発露するものがまだ私の中に残っているということが確認できたのは良い日だったのかもしれない。ただ、それは出来れば良い感情であってほしい。
日記の効果について
ゲームプレイを終えたのが何時頃だっただろう。ただとりあえず、何かやれる事を探した。ウマ娘を見よう、と思った。
「1日にとりあえず何かする」という締切は大事だ。本当に大事だ。締切があるから人間頑張れる。私のような生活をしている人間は自分に締切を貸す必要がある。そうしないと好きなものすら見れずに人生終わってしまう。やっぱり何もなくても日記はつけるべきなんだ。知っている。
ウマ娘1期
8話から13話(EXTRA)まで見た。今は23時54分。あと6分しか無いので書けることがない。世界への愚痴が主になってしまった。よろしくない。よろしくないが仕方ない。
ウマ娘自体の内容とは関係ないのだけど、見ていて一番思ったのは、私は意外とまだ作品を見ながらちゃんとあれこれ考えたり出来るのだなということ。目の前に流れる景色と別の景色を頭の中に思い浮かべて整合性を取ろうとしたり意味を考えたり出来るのだということ。それは少し、回復への自信になった。そして、感受性も死んでいるわけじゃない。
アニメの感想じゃないのが悲しい。悲しいけど、もう時間なので送信する。2期も早く見たい。
「手をつけるだけつけて放置していたもの」をちゃんと1つ終えられたことが今の私の身には嬉しい。もっといろんなものを見ていきたい。本当に面白かった。