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述懐:
それでも私は進み続けた。
何かしていなければ、頭が破裂しそうだった。
だから正確に言えば、私は進んだというより、止まる方法を失っていた。
訃報周りの詳細を書く。次は死亡したA氏に辿り着く方法がありとあらゆる方面から封じられるまでを書く。
今回は少し長くなる。
次の回は有用な情報が少しはあるのかもしれない。
2017年12月06日に私はA氏の訃報を聞くことになった。
だがその前日、A氏が発狂したようなツイートを投稿してから私が目覚めた後、A氏の様態が心配であると同時に、私は深刻な問題を抱えていた。
A氏が私と交際していた事実を家族等が知らない可能性があるし、A氏のスマートフォンは極めて高い確率でロックされているのだ。
そしてA氏が意識不明の状態に陥っていたり、最悪死亡していたら?
私に連絡が取られることは、未来永劫無い。
死んだのか死んでいないのか分からないまま、一生私は縛られる。
立ち直ることなど二度と叶わないまま。
たとえそれが、どんなにAが望まないことだとしても。
私は天にも祈る思いで賭けを打った。
使ったのはtwitterのDMと、スマートフォンの通知機能だった。
A氏が半狂乱のツイートをして返事の無くなった12月05日、「XXX-XXXX-XXXX」、私の電話番号から始まるDMを1時間程度おきにA氏に送信し続けた。
たとえロック画面からでも、通知は見ることができる。そして、その1行目の内容は一定字数まで表示される。
これならA氏が仮に仮に意識不明だったとしても、家族とかがスマートフォンを見た時に私に電話がかかってくる可能性は、ある。
問題は2つあった。1つはA氏が何個のアプリを携帯に入れているか分からないことだ。他の通知が上に来て埋もれてしまっては意味がない。このため1時間おきに送信し直すことにした。
もう1つは、こちらが余程深刻なのだが、私以外の人物から何か通知が来ることだ。twitterを使用しているのなら御存知の通り、replyやfavoriteやdmが混ざると、中に書いてあることが通知欄には殆ど表示されなくなることがある。これが一番怖かった。
A氏はこの時点で鍵垢であり、フォロワー1で私だけ、フォローは私以外全部適当な企業やらなんやらのアカウントと、私以外からの通知が来る可能性はゼロに近かった。それでもゼロではなかった。
A氏の様態について最悪の可能性を想定しながらも、「どうか無事でいてくれ」「大事にならないであってくれ」とひたすら祈り、私は全く気が気でなかった。結局1日返信はなかった。
その日私がどういう心境だったのかは、よく覚えていない。
そして、私の打った賭けは。
果たして、天に届いた。
2017年12月06日の朝。
A氏が半狂乱になって連絡が途絶えて、その翌日の事だった。
電話が鳴った。
知らない番号だった。
私のDMの通知を見て電話をかけてきたに違いなかった。
私は電話を取った。
(※この会話には不自然な点が多く含まれるのだが、それについては次の回に書く。)
「もしもし、Aの兄ですが」
「A様の、お兄様でいらっしゃいますか」
「はい。Aのスマホをグリっとやってたら番号が出てきたので……Aは死にましたが、Aのご友人の方か何かでしょうか?」
愕然と立ち尽くした。
覚悟はしていたつもりだった。実のところ、そんなことは私には出来ていなかった。
「……死んだ、って、いうのは、あの、亡くなった、ということですか」
荒唐無稽な同語反復だった。でも、そんな確認を取るくらいには私は現実を受け入れられなかった。
「……はい。昨日、亡くなりました。狭心症でした」
私は愕然とするしか無かった。
狭心症。私でも知っている心臓の病気。
私が彼女の心臓にどれほど負担をかけたのか。
頭の中をぐるぐると記憶が巡った。
呼びかけられるのに30秒ほど時間が必要だったように思う。いや、あまりの事に何秒ほど立ち尽くしていたのかも分からない。Aの兄が口を開いた。
(以下、簡便のために発話者の名前を内容の前に明記する。)
兄「あの……Aとは、どういうご関係で?」
私「……恋人です」
兄「……『みあ』さんですか?」
兄は私のことを知っているようだった。
私「はい、そうです。ルーミア厨といいます。カタカナでルーミアに、厨房の厨と書いて、これは、特にそれが好きな……」
兄「ああ、いや、『厨』は分かります」
私「そうですか。……『ルーミア厨』、略して愛称でみあと呼ばれていました。あの、A様が亡くなったというのは、本当に……」
兄「……ええ。最近は体調は良かったんですけれど……」
私「……そうだったんですか」
兄「Aはみあさんの事を大変愛していました。意識が無い間も、救急車でみあさんの名前を何度も呼んでいて……」
私「……意識がないというのは、どれくらいだったのでしょうか、どういう風に進みましたか」
兄「どういう風に?」
私「始めから完全に意識が無いような状態だったのか、それとも……」
兄「ああ、うーん……呼びかけに反応しないくらいです。『みあ、みあ……』と、何度も名前を呼んでいました」
私「……そうですか」
私「……A様は、どのような様子だったのでしょうか」
兄「救急隊員の方がドアを開けて発見した時には、既に倒れていたそうです」
私「……そうですか」
この時私はAの両親と家族に頭を下げてその場で殺されることしか考えていなかった。
それ以外に贖罪の方法が思いつかなかった。
私「……あの、今、ご両親の方はどちらに?」
兄「Aの部屋にいます」
私「……遺品とかでしょうか」
兄「そうです」
兄「そういえばAが倒れる前に、最期に書いていた絵があります。みあさん宛のようです。こちら、どうしましょうか」
私「……亡くなった方の残したものですので、判断は委ねますが、差し障りなければ頂けると助かります」
兄「分かりました」
私「……ご家族の仲、よろしくなかったんでしょうか?」
兄「……?いえ、特にそういう事は」
私「そうですか、すみません。声がそこまで暗くありませんでしたから……」
兄「あぁ……いや、」
私「そうですよね、狭心症では、ご覚悟とかもありますよね」
兄「ええ、はい」
私「あの、葬儀の方は、いつ……」
兄「今日です」
私「今日、ですか」
兄「はい」
私「……参列しても宜しいでしょうか」
兄「勿論です。車出しますか?」
私「……お願い致します。待ち合わせ場所なのですが、A様は御茶ノ水大の方ということで、御茶ノ水駅でよろしいでしょうか?」
兄「はい、大丈夫です。それで……」
私「ええと、御茶ノ水駅の、何口でしょうか?あそこ色々通っているので……総武線出口でよろしいでしょうか、それだと一番楽なんですけれども」
兄「ああ、はい、それで大丈夫です」
私「では、連絡先等、述べて大丈夫でしょうか」
兄「お願いします」
私「本名がXXXXで、私の携帯電話番号がXXX-XXXX-XXXX、家がXXXX-XXXX-XXXXです。twitterアカウントは@moudamederですので、捨てアカ等でも大丈夫ですので電話等大変でしたらこちらにご連絡ください」
兄「(メモを取りながら)……はい、ありがとうございます。家族の方に伝えて手配します。少し電話の方失礼します。また折り返します」」
私「……どうかお願い致します」
電話が切れた。
この後どんな心境だったのかは、よく覚えていない。人間の脳に記憶できるような類の状態では無かったのだと思う。
少しして、DMが届いた。
(個人情報等を赤抜き)
(※かなり後の回に書くことだが、この櫻井という名字は個人情報にあたらないため、伏せない。以下、この人物の事を櫻井氏兄と呼ぶ。)
(このアカウントは現在でも残っている。)
気を落ち着かせるためにシャワーを浴びた。全く効果はなかった。
私は送られた画像を見ながら、次のDMを待っていた。
フルサイズでの原本は世界で私だけが所持していたいため、受け取った画像ファイルに線を加えたもの。
ミミズが這ったような字で、いくつかの行に至っては字が入り切っていない。これはレイアウトや字の綺麗さを普段から意識していそうなAには有り得なさそうなことだった。
誰がどう見てもまともな状態で書かれたようには思われなかった。それはどれほどの苦痛を伴ってこの絵と文字が書かれたかを容易に想像させた。
私は起こったことを受け入れきれずに、そして彼女の最期を考えて、ただ呆然としていた。
どれくらいの時間が経っただろう。次のDMが届いたのは現実にはすぐに違いない。それでも永遠かと錯覚するほどに私は何も分からなかった。DMは葬儀についてだった。
「密葬で知り合いの葬儀に出席できない」。私でも何度か聞いたことがあった。どうしようもなかった。
せめてと思い、また、発作の経緯から、彼女の死に私の責任が無いとは到底考えられず、どうしても相手の両親に詫びて謝って死ななければならないと感じたため、私はもう1度電話でのやり取りを願った。
2回目の電話の一部。
私「どうしてもご両親に伝えたい事があります。これはちょっと、対面で、到底お電話では……最悪、お電話でも構わないのですが……」
兄「どういった内容ですか?」
私「……電話で申し上げられるような内容ではありません。最悪非通知で構いませんので、私の携帯の方にかけていただければ幸甚に思います……」
兄「……よくわかりませんが、わかりました」
私「……参列出来ないということであれば、火葬の前に死に顔の写真をせめていただけませんか」
兄「ちょっとそういう非倫理的なことは……」
そんな感じで電話が切れた。
少し経って、非通知で電話がかかってきた。
この非通知の着信を、あまりに気が動転していたので私は間違えて切ってしまった。
……この着信を取れていたらどれほどよかっただろう、今そう思うと、私は悔やんでも悔やみきれない。
それ以来、再度かかってくることも、櫻井氏兄から何の連絡があることも一度もなかった。
私は、ご両親に話がしたいという変な請願と、死に顔の写真が欲しいなどと言ったことが原因だと思っていた。
暫く時間を置いて、その後もう一度電話申し上げるしかないと考えていた。
問題は、その後だった。
櫻井氏兄の番号にかけても、繋がらない。
折り返しを待ったが、結局1日無かった。
そして、その後、何回かけても通話中になることが分かった。
最初は着信拒否かと思ったが、家族の携帯を借りても同じ反応だった。
調べたところ、これは特定キャリアの「指定外着信拒否」という機能が使われている時に起こる反応で、電話帳に登録されている番号以外からの着信を全て拒否するというものだった。
そして、代わりに、この日から毎日のようにワン切りのイタ電が家にかかってくるようになった。非通知だった。
まるでA氏を殺した私を怨んでいるかのようだった。
イタ電がかかってくることから何かアプローチをかけられないか考えてもみたが、電話会社によると、通信の秘匿の問題から一切内容を保存していないとのことだった。
気が狂いながら、私は完全に途方に暮れた。
一応、病気で死んだ以外のありとあらゆる可能性も考えてみたが、どうやっても意味が分からなかった。
これが釣りだったら意味が分からない。このご時世に紙持ちの自撮りを送るのがどれほどリスクの高いことか知らないわけがない。ましてや顔出し動画等々まで送るなんて……。それでいて私のどんな情報も特に握らないで消えるなんて本当に意味がない。この線は消える。だいたい死んだことにした後に電話を掛ける意味がない。
これが特殊詐欺でもおかしい。私が働けない身体だし赤貧生活を送っていることくらい私と最初に話す前からA氏は知っていた。絞ろうにも絞る金が無い。というかこの場合なら私みたいな人間の相手なんてしてないで途中でいきなり消えるはずだ。この線も無い。
それに、指定外着信拒否なんてマイナーな機能を使っているような人間が、生番号でかけてくるわけがない。櫻井氏兄は私が本当にAの友人か何かだと思って電話をかけてきたはずだ。
過程はどうあれ、Aは本当に死んだものと思うしか無かった。
ここから4ヶ月ほど、2018年4月頭まで、私は本当に精神が擦り切れるような思いでどうにかして連絡が取れないかと各所に電話をかけ続けることになる。
新しい方法を考えては塞がれ、新しい方法を考えては塞がれ……
行動も発言も何もかもが狂気を増してゆく。
それは私の病気を破滅的に進行させるのに十分だった。